先日(2020/2月ごろ)、ビザンツ関連の話題で、"皇帝教皇主義"、"ユスティニアヌスを頂点として緩やかに衰退"というワードが軽く話題になった。
あまり個別に発言を追うのは本意ではない。経緯について自分の理解をまとめる。
経緯
①皇帝教皇主義を用いて事象を解説している人が観測される
②大学受験・公務員試験BOTなどが一貫して衰退というツイートを再生産している状態が継続している
この二点の事例から、問題視するツイートが生み出された。
反応
まず一致して"皇帝教皇主義" "ユスティニアヌスを頂点として緩やかに衰退"
については否定。
それに付随して[そうした言説が語られる]原因への言及が始まる。
1.知識のアップデートをしないで問題を語る個人の問題
2.高校教科書が保守的で未だに古い学説を教えているから
今でもその用語で説明しているからであろう
私の認識と問題意識
私の認識では以上の二点があげられたのだが、2番がどうにも自分には納得できなかった。そんなこと習わなかったので。教科書ではないのではないか。
ただ、本題から逸れた問題意識でわざわざリプライ飛ばすのも頭おかしいだろうと、手元の資料を確認しつつ自己の"経験"を書くにとどまった。
高校世界史Bでは
— modestia (@modestia_) 2020年2月24日
ヘラクレイオスの栄光と破滅、バシレイオス二世の第二全盛期と、4次十字軍による破滅と再興、ミカエルとシチリアの晩鐘、滅亡による写本の伝播によるルネサンス等への影響等等、他国との関係を含めて教わった記憶があるが、あの教師ビザンツクラスタだったのか?
なお、2000年ごろの高校生であった。イスラムの軍閥政権による退勢とビザンツの再興とかそういう関連の話が多かったから単純にそういうの好きな人だったのかもだが
— modestia (@modestia_) 2020年2月24日
うーん、皇帝教皇主義について、高校世界史B用語集には載ってたけどすでに否定的に書いてあった(2000年ごろ)記憶あるのだけど、確信がない。
— modestia (@modestia_) 2020年2月24日
ビザンツ史の話について、
— modestia (@modestia_) 2020年2月24日
今も所持している1995年(!)の山川の「詳説世界史研究」において、教皇皇帝主義、類する言葉は索引にない。
また、同書のp190に、"マケドニア朝において最大の繁栄をみるにいたった。"ともある。
教科書そのものではないけど、そんなの今の教科書に載ってるのだろうか?
ありゃ”皇帝教皇”だ、順序逆に書いたが、どのみち同様に記載はない。
— modestia (@modestia_) 2020年2月24日
実際"皇帝教皇主義"など高校で教わらなかったし、自分の記憶では世界史B用語集で見たかな・・・?くらいであった。
なお2002-2004年に高校生であった
山川世界史B用語集について
世界史B用語集はその当時検定を通ったすべての世界史教科書について、
収録の用語がどれだけの教科書で採用されているかが判る(重要度が判る)非常に有益な参考書である。
したがって、最新の用語集を確認すれば"皇帝教皇主義"なるものが現在高校でどれほど教えられているかは確認できるということである。
実際に確認しに行った。用語に続く〇で囲われた数字が採用教科書数である
現在では検定教科書は7冊しか出ていない(私の時は20冊程度あった)ようだが、皇帝教皇主義の記述は存在しない。
少なくとも現在の歴史教科書で大々的に皇帝教皇主義なんてのを載せているところはないと見ていい。
仮に載っていたとしても、教科書に記載されている"皇帝教皇主義"を外して"地中海帝国①"を乗せようと考える用語集編集者がいたらそれはもはや害悪だから載せないという判断以外ないだろう。
が、残念なことに、周辺の参考書を確認していくと教えている事例を数点見つけることができた。
予備校・予備校教師・高校教師
そのうちの一つ、某有名予備校講義を書籍化して一般販売したものである。
結局、教科書は新しくなっても、教師が古ければ意味がない。
このテキスト、改訂されているだろうが私も読んだ記憶がある。だから大学受験生はこれを読み、教科書に書いていない、詳しい情報を手に入れたのだと思う。
私も他分野では、気づかず同様のことを思い、読書をしているに違いない。
その意味で私の高校の世界史教師はもう定年間際であったが、教科書の改訂に合わせ、真摯に取り組み、授業をアップデートしていたということになる。
恐らく今も高校や予備校で、皇帝教皇主義を教える人はたくさん居る。
ただ、教科書は、やはり専門家の教授らが分担して記述しているのだから、予備校教師なり一般著述家と違い、一定の質は担保されているし、継続的に見直されていくと言っていいんじゃないかと思う。
教科書をやり玉に挙げるのは違うのではないか
私が言いたいのはコレである。
(追記1)
念のために書く、教科書に誤謬がないとか古い学説がないと言っている訳ではないし、一般書や予備校等の参考書が誤りだらけで読む価値がないだとか言ってるわけではない。
(追記22020/2/26
皇帝教皇主義の教科書、用語集での記載状況の時系列と、問題点についてコンパクトにまとめられているサイトがあった。(´;ω;`)
https://www.y-history.net/appendix/wh0602-005.html
これを見ると、皇帝教皇主義はちょうど自分が高校生の頃に教科書から削除されたが、説明する文は残り、また用語集に残っている状態だった。
そうだとすれば皇帝教皇主義を否定的に記憶していた自分は誰かから、若しくは自習で否定的に把握していたと思われる。うーん。
また、この記事で書いた批判の一部は不当であるので、お詫びいたします。
(追記3) 2020/3/14
最近某所で皇帝教皇主義を劇押しする新たなコンテンツが生まれたので補足追記。
【世界史2020年版】西洋史③キリスト教の台頭(カノッサの屈辱とアナーニ事件)
このように古い知見と誤謬が継続して再生産されてしまう例を一つ追加。
この番組の西洋史部分を一通り眺めてみての感想であるが、
大学を銘打ってはいるものの、自分の見た限りでは高校参考書を超えない範囲の"知識"しか扱わず(つまり最大で高校世界史程度)(「詳説世界史研究」山川出版社1995)、また、高校レベルの知識における間違いも非常に多いので、これを見て大学レベルの教養が!とか、そのままこれが歴史だ思ってしまう人が居れば大問題ではある。
高校レベルの知識について、必ず他の副読本、教育者等と併用し、根本的な誤り、誤謬に対して説明するのであれば高校世界史が苦手な子とかには使えると思う。単独はダメ。
塾講師やってたころに、これがあったら、必要に応じて補足、訂正を加えつつ利用したと思う。
まぁ、そもそもこの範囲を、youtubeの高々80分程度の講義で、大学1.2年レベルの内容を説明できるわけがないのであるが。
高校レベルなら
木村靖二他編著「詳説世界史研究」山川出版社 2017
また、大学レベルの、ということならこの分野には
服部 良久 他編著「大学で学ぶ西洋史[古代・中世]」ミネルヴァ書房 2006
という著作があるのでそちらを見たほうが良い。
最近自分の中で相対的に高校教科書への信頼がどんどん高まっている。
RT>一連のものについて
— modestia (@modestia_) 2020年3月14日
高校歴史教科書、さらには大学における概論例えば「大学で学ぶ西洋史 古代・中世」とかで
ページ数に限りがある中でコンパクトに、それでいて本質を外さない記述をどうやって実現するのだろうとか考えると、本当に困難なことに執筆者は臨んでいるのだなぁと思う。